2006年07月06日

セピア色の想ひ出

この時期になると思い出すことがある。

そして、昨日、人と話していて改めて強く思い出したことがある。


『自分語り』なので、鬱陶しいと思う方はここで引き返しておくれ。



あれは確か、自分が小学五年生の時のことだった。

昼休み、給食を摂った後、僕と樋村君(仮名)は机を並べて、
互いに軍艦の絵を描いていた。

皆と一緒にドッジボールをやる誘惑を振り切る程の価値が
有ったのかというと正にその通りであって、僕と彼は学校公認の
クラブ活動に惹かれるモノがなく、新たな部活を作る為に色々と
行なわなければならないことがあったのだ。教師から出された
条件のまず一つが、学芸祭で成果の認められる展示を行ないなさい、
ってことだった。

ちなみに、そんな新クラブの申請に際して、詳しいことは全く
聞かれなかったので、答えることは無かった。今思うと、そんな
サラリーマン教師は運動部ではない、と言う段階で思考を諦めて
いたんだろうと思う。運動部の設立となると教師に掛かる負担も
大きいものとなるだろうから、と言う想像がつくようになったのは
本当に最近のことなんだが。

さて、そんな僕と樋村君が作ろうとしていたのは、
『第二次世界大戦における帝国海軍について考える会』
と言う、実に意味不明な、しかし真剣に向かい合おうとする
ものだった。誰に言われたわけでもないけれど、当時世間に
(今もか)蔓延していた

『お前等のジジイ世代は戦争中に本当に酷いことをした』
だの

『生きているだけで恥ずかしいと思え』
だの

『百万回謝罪してもことたりない』
だの

と延々と洗脳されていたことに対するウンザリ感も
あったとは思う。まあ、反抗期に差し掛かる時期でもあったし、
教師を神聖視するような妄想はとっくに雲散霧消していたことも
ある。実際、僕のいた小学校の歴史教育は酷いものだった。

そんな樋村君と僕は、小学三年生の時からクラスを同じく
していて、互いの家に遊びに行き合う仲であった。ガンプラに
飽きていた僕たちが当時、夢中になっていたのは帝国海軍の
プラモデル。値段的、ディスプレイ的に負担の少なかった
『タミヤのウォーターラインシリーズ』が多かったな。

オメガナツカシス( ゚∀゚)


まあ、そんなこんなで色々と資料を集めて(言うまでもなく、学校図書館
には資料なんてありゃしないので市立の図書館がもっぱら)、帝国海軍の
仕組みだとか、艦種別のオリジナル解説だとかを二人で必死にまとめて
いた。でもって、適当にコピーの写真を載せるだけでは学校側に
認められない(終わってみればそれ以前の話だったが)と考えた
こともあって、取り敢えず自作のイラストでも描こうか、って
ことになって冒頭の場面に戻る。

まとめ方が下手くそですみません。
だからRLもまとまらないんじゃないか、とかネガティブな思考に
支配されつつありますが、取り敢えずW-zeroたんで綴り続けることに
しますw

もとい。

まあ、二人とも有る程度の絵心はあったし、否やは無かったのだ。

樋村君は『戦艦武蔵』を、そして
僕は『航空戦艦伊勢』を。

今にして思うと二人して渋い趣味だな……www

ぶっちゃけた話、僕としては後甲板が空母形態になっている伊勢は
描くのが楽そうってのもあったのだが……。

とまあ、昼休みにそんなことをやっていたわけだ。
クラスメイトの女の子達が『すごいねー』『上手いねー』と言ってくれる
のも嬉しかった記憶があるな。

しかし、この話はそんな楽しく終わるものではなかった。

いや、寧ろ……トラウマwwwww

校内を巡回していた体育脳筋教師に、まずは見咎められたのが始まり
だった。

『良い天気なのにお前等は何を陰気にやっているんだー』

とかと、今思うと本当に噴飯もののことを言ってきた気がする。
そして、やおら僕たちが描いているイラストに気付いた彼は、
文字通り顔色を変えたんだった。

『貴様等、何を描いておるんだッ』

樋村君:『戦艦武蔵』
光橋君:『航空戦艦伊勢ですけどそれが?』



したら。




いきなり殴られた。




【つづき】

教室の隅で編み物(当時女子の間で流行っていた)をやっていた
女の子達の悲鳴が響き渡った。

同級の中でも特に小柄だった僕は、そんな体育教師の一発で
簡単に壁に叩き付けられたから。

一瞬、気を失って、気が付いたら膨大な量の鼻血。

色を失った樋村君が駆け寄ってくるのが見えたけど、結局その彼も
すぐに殴られた。

ショックと、状況把握の出来無さ加減にフラフラとしていた僕たちの前で、
体育教師は僕たちが机に並べていた資料、そして正に作成途中だった
軍艦のイラストをビリビリに引き裂く。

『お前等は日本軍が何をしていたのか知っているのかーーーー!!』

怒鳴り、僕の胸ぐらを掴み上げる。ヤニ臭い息が非常に不快だったのは
忘れない。

『格好良いからとか言って『こんなモン』に憧れているお前等は
腐った卵だ世界中に謝罪しろボケそして俺はそんなお前等を正しく
教育しないといけないんだその苦労が分かるかこのクソガキ』

って、確かそんな感じのことを言われた。

そこで、クラスの担任が駆け付けてきたのだ。
多分、女子の誰かが呼びに行ったんだろうけれど、俺と樋村君は
その瞬間に絶望していたんだ。なぜなら

『そりゃ、お前等が悪いわ。殴られても仕方ない』

の一言ですんだからだ。常々から、『ガンダムは戦争肯定作品で
読むな見るなクズ』とか、『日本軍は嬉々として大陸その他で住民を
殺戮しまくった悪鬼で、お前等はその子孫だ』と、一説ぶってくれて
いたのがその担任だった。

鼻血を出している僕と、泣いている樋村君はそのまま、臨時の
学級裁判に掛けられた。何故か、先の体育教師も竹刀を持って
参戦していた。これは本当に気持ち悪かった……けど、怖くは
なかった。



この裁判は一生忘れられない。




ちなみに僕はこのクラスの級長だったのだがwww

敢えて自惚れるのなら、頭脳明晰で物事をハッキリという僕を
目障りに思っていた奴がクラスにいたことも事実で。



樋村君と被告席wに立たされ、

ボロクソに叩かれた。


トラウマスイッチが入りかけているので、箇条書きにする。


・凶悪な日本軍のそれも兵器を研究するなんて狂っていると思います

・酷いことをしたんだから謝り続けないといけないのに……

・そう言えば光橋君って一生懸命「君が代」歌うよね



……。

まあ、擁護意見は一つもなかったわけだがwww
ただ、何人かのクラスメイト達が「ナニコレ」って表情を構成して
くれていたのだけが救いだったなー。


でまあ。


判決が下されたわけだ。


圧倒的多数の棄権と、極少数の起立で判決は確定した。




『有罪』




「謝れ」コールの中で、樋村君は遂においおいと泣き出して膝を突いた。

泣きそうになったけど、僕はくじけなかった。真っ直ぐ前を見た。

『僕、謝らないから』

言った瞬間に、また殴られたwwwwwww勿論、脳筋教師。

テライタス(´・ω・`)


結局、強引に額を教室の床に擦り当てられて。




裁判は終わった。





誰もいなくなった教室で泣き続ける樋村君と、そして誰もいなくなった
ことで初めて泣くことのできた僕。


二人でわんわん泣いた。



帰宅して、両親に話をしようと思った。

……けど、脳筋や担任の電波を両親に浴びせるのもあまりにも
悔しく、そして意味がないことに気付いた。

腫れた頬を見た母親が心配したけど、
『友達とちょっとケンカしちゃって』
の一言しか絞れなかった。


次の日、登校途中で樋村君と会って昨日の話をした。
やっぱり樋村君も両親には話せなかったらしい。

まあ、そうだよな。

『これじゃもう何もできないねー』
と二人で話をしながら、教室に。





すまん。




なんと、この話はまだ続くんだwwwwwwwww




ぶっちゃけ、トラウマスイッチが激しくオンになったままなんだが、
これは話しておきたいし、その必要があるかな、とも思う。

こんな時代もあったのよ。

まあ、今もあまり変わら(ry




【つづき 2006-07-07】



すっかり意気(´・ω・`) 消沈した僕と樋村君を教室で待っていたのは、
更なる罠だった。

こういう時って、どうやら一般的には女子の方が陰険で遠回しな嫌がらせとかを
やってくるらしいけど、ウチの教室の場合は完全に逆だった。男子の方が
よっぽど陰険だったね。仮にも僕は級長であって、樋村君は体格も良く、
スポーツマンでもあったからいわゆる『いじめ』というものは無かったんだが、
『嫌がらせ』は凄かったね……。

教室に入ったら、クスクスと忍び笑いが聞こえてきた。訝しんで黒板を
見ると、なんとそこには

『本日、緊急の級長選挙を行なうことになりました』

と、なんとこれが先生の字で刻まれていたのだ。

( ゚Д゚)ポカーン



       。 。
       / / ポーン!
     ( Д )
      
       * *   * *
      * * * * * *
       * *    * *
           パーン!
     ( Д )


すげえwwwwwww


任期も途上だというのにどうやら僕ちゃん、罷免されたようですwwwww
それも一方的に……つうか昨日の裁判か。異議あり。




なにこのクーデターwwwww


これなんて民主主義wwwww??


そんなこんなで( ゚Д゚)としている僕を指差して笑っている男子達を、
気が付いたら樋村君が叩いていた。泣き叫ぶ男子生徒達。どちらかと
言うと温厚な彼がいわゆるブチギレしたのだから、そりゃ驚いただろうな。

つられて泣き出した女の子達もいて、教室はそりゃもう阿鼻叫喚の
様相を呈してきた……。

ほんの数日前まで普通のクラスだったのに。




あんなにいっしょだったのに。




暴れ回る樋村君とそれを取り押さえつつ反撃を試みる男子とか、
泣き叫ぶ生徒達、そしてひたすら( ゚Д゚)としている自分。

地獄絵図。

結局、隣のクラスの担任が駆け付けて、その場はどうにか収まった。
理由を詰問されたけど、誰も答えない。そこに、我らが偉大なる
首領様である担任教師が出現した。

『ああ、●●先生、これはこっちの問題なんで』

何か言いたげな●●先生(女性教師で、この人の名誉の為に言って
おくと一番まともな先生だった)だったけれど、さすがに他のクラスの
ことに足を突っ込むべきではない、とでも判断したんだろう。結局、
クラスを一瞥してから自教室に戻っていった。今思うと、この先生は
昨日の『問題』を知っていたのかもしれない。


朝っぱらからとんでもないアクシデントに見舞われたのだが……。

残念ながら僕と樋村君の地獄はこれから始まるのだった……。


例によってスイッチが入りかけているので箇条書きにする。


・光橋は学級委員長に全く相応しくないことが判明したので、
 直ちに別の人間を選出することにする

・昨日の裁判で光橋は謝罪を行なったので意義は一切認めない

・光橋は当然、そして仲間の樋村にも立候補権はおろか、投票権もこれを認めない

・反省文を提出して貰う(400字詰原稿用紙三枚以上)


突っ込みどころだらけだな、コレwwwww

当時も全くそう思ったけどさ。


予鈴がなって、授業が始まる時間になった。

渋々と席に戻って、教科書、ノートを開いた。

『ああ、光橋と樋村は机と椅子を持って廊下に出ろ』


('A`)ソウキマシタカ

『お前等は今日は授業受ける必要はない。反省文を書き終わるまで、
家にも帰さないから覚悟しておけよ』

と言って、カラカラと笑うのだった。それは高らかに。
何人かの男子が続いて笑い声を立てて。

ショックと怒りで、頭の中がスーッと白くなっていく感覚。

『ホレホレ、早く出て行かんと他のみんなに迷惑だぞ』

もね、何というか……機械的に僕と樋村君は廊下に机ごと
移動した。その背中に嘲笑と哀れみの両方を受けながら。


しかし1200文字も使って何を謝罪しろとwwwww
延々と続くかのような白い升目を見ていると吐き気が込み上がる。
大体、謝らなくちゃならないことなんて無い。

廊下を通る上級生や下級生、教師達の白眼視を受けながら、
樋村君が一言呟いた。

『なんでこんなことになっちゃんたんだろう』

激しく同意だwwうぇっww



……結局、名前と出席番号を書いただけの原稿用紙をにらむだけで
簡単に時間は過ぎた。次の時間は体育の筈だったが……。

『ああ、当然お前等はそこで反省文書いていろよー』

('A`)ダヨネー

   ・
   ・
   ・

結局、給食も廊下で摂らされたのだが、ここで、救世主が現れた。

『君ら、こんなところで何してるん?』

('A`)ショクジシテマス……

『そりゃ見りゃわかるけど……なんで』

つうか、申し訳ない。教頭先生だということに、僕たち気付いて
いませんでしたwwww

しかしその穏和な顔には、正に僕たち二人が求めていた大人の包容力が
含まれており、耐えきれなくなった樋村君がぽろぽろと泣き出した。

『何があったん? ゆうてみゆうてみ?』

何故か関西弁のそんな教頭に、僕は掻い摘んで状況を説明する。
樋村君は、泣いているだけで全く機能していなかった。涙と鼻水の
製造器。

話していく内に、僕も目頭が熱くなってきた。しかし、この時
覚えているのは、みるみる赤くなっていく教頭先生の顔。


『もっと話を聞きたいなぁ……教頭室で一緒にご飯食べようや』

('A`)ソンナコトシタラボクタチガオコラレマス

『ええねんええねん。何と言ったって教師の頭やで。あはは』

(´;ω;`)ブワッ.
(´;ω;`)ブワッ.




もうちょっとだけ続くwwwww


つうか、涙でちゃう……。





教頭先生は僕たちの話をきちんと聞いてくれた。
『ちょっと待っててな』
僕たちよりも遙かに早く給食を食べ終えた教頭先生は
そう言って教頭室を出て行った。

大体、十分ぐらいだったかと思う。

初めて入った教頭室で、すっかりぬるくなった給食を
どうにか平らげた頃に、先生は戻ってきたのだった。
心なしか、上気しているようだったけれど、そこに
どんな理由があったのかは分からなかった。

今にして思えば、想像はつくけれど。

『また、ちょっと出かけてくるから……君達はここに残りなさい』

どこかに電話した後で、教頭先生と入れ替わりに入ってきたのは
なんと別クラスの担任、●●先生だった。

『そんじゃあ二人をよろしくね』
そういって出て行く教頭先生。

事態が掴めず、呆然としている僕たちに対し、その●●先生は
静かに、しかし強く言ったのだった。

『後は大人の問題だから、気にしないで良いのよ』

( ゚Д゚)ソウナノ?

そう言って●●先生は、自費で買ってきたと思しき缶ジュースと
クッキーを渡してくれた。

『気にしないで食べて――ああ、あとテレビも点けましょうか』

( ゚Д゚)マジッスカ?

言うまでもなく、学校でテレビを見られるという超特権。
しかももうすぐ授業が始まるというのに。

確か、『笑っていいとも』をやっていた気がする。よりによって
教育テレビじゃなくてこっちかい、とか樋村君と笑った。

『本当に今日は特別なんだから』
と言った後で、

『でもあなた達、今日は授業受けられていないんだから、
今度それについては埋め合わせするわよ』

ときちんと言及することは忘れなかった。

『でも、あなた達って成績いいのよね。直ぐに追いつけるわ』

(´;ω;`)ブワッ.
(´;ω;`)ブワッ.


   ・
   ・
   ・

そんなこんな。

時折、隣の職員室から聞こえてくる怒号。怒鳴り合い。

ああ、なるほど。


●●先生がテレビを付けたのは、こういう理由だったのか。


テレビの音声だけじゃ掻き消せない怒鳴り声が響く中、
●●先生はボリュームを更に上げたけれど、僕と樋村君は
何も言わなかった。気付かないふりをする必要がある、って
ことを暗黙の内に悟っていたと言えば悟っていたのだろう。

人生の中で一番美味しかった缶ジュースとクッキーを
無言で進めながら、ただテレビを見て過ごすこと数十分。
(もう、授業は始まっていたはずだ)


汗まみれ、ネクタイがひん曲がった状態で教頭が帰還した。
なんつうか、戦闘直後って感じだったし、多分それは間違って
いなかったと思う。

『お疲れ様でした』

●●先生の労いの言葉に一つ頷いた教頭は、どうっと
自らの専用椅子に腰掛けるのだった。

『いやあ、かなわんな……しかし……』

そんな呟きがあったような気がするけれど。

『ああ、そうだ君達……光橋君と樋村くんだったな?
 差し当って、君達には本当に謝らなくてはならない』

突然立ち上がった教頭先生は、なんと深々と頭を
下げたのだった。

ちょwwwwおまwwww

条件反射的に立ち上がった僕達が途方に暮れている中で、
それでも教頭は頭を上げなかった。

『本当に申し訳ない――君達にはひどいことをした』

( ゚Д゚)イヤ、キョウトウセンセイハ、ワルクナイヨ??

『責任者として、そして一人の教員として心からお詫びする――』

( ゚Д゚)ウン、デモモウイイヨ

むず痒い数分間が終わった中で、教頭は少しずつ話し始めた。
勿論、子供達に聞かせていたのだから相当脚色を含んでいたと
思う。

端的に言うと


・担任教師は今日付で担任を外れること。更なる処分を
 検討中だということ。

・体育教師は、厳重注意の上で三日間の謹慎処分とすること

・臨時のPTA会議を開き、僕達の両親だけでなく全校生徒の父兄に
 報告と謝罪を行なうこと


( ゚Д゚)ナンカ……スゴイコトニ……ナッテ……


           キ
            タ
             ァ
              ァ
              ァ
               ァ
               ァ
               ァ
              ァ
             ァ
             ァ
              ァ
              ァ
          ヽ\  //
              ,、_,、 。
           ゚  (゚jコ゚)っ ゚
             (っノ
               `J



   ・
   ・
   ・

まあ、取り敢えずこれでこの話は終わり。

ちなみに担任教師は、次の日から学校に来なくなった。
どこで何をしているのやら、誰も知らない。

体育教師は謹慎が晴れてから期日通りに出勤して
来たけれど、以前の生彩はどこへやら。僕や樋村君を
見るとさりげなくスルーするぐらいにまでなっていた。

教頭先生……貴男、何者だったんですか……wwww

色々と、政治的なものが働いていたのかもしれないな、と
今になったら思うけれど。

とにかく、僕と樋村君は平穏な日々を取り戻せたから、
問題はない。

勿論、心に傷は残っている。今でも、これだけ色付いた
状態で思い出せるのだ(タイトルにセピア色と付けているけど、
そんなもんじゃないね)。


結局、僕は小学五年生の後期に、父親の仕事の都合で渡米する
ことになったので、それ以上何があったのかは知らない。

けれど、学生の時に再開した樋村君曰く――

『バッチリだったぜwwww』

とのことだった。ちなみに後期の学級委員には樋村君が
なったと聞いて、二人して居酒屋で大爆笑。

光橋:
『結局、君は俺の後釜継いでんじゃねーかwwww』

樋村君:
『うははははwww』



ハッピーエンド……ではあるのだが……。しかし。

こんな時代があった、或いは今も存在しているって
ことを忘れてはいけないと思う。

ちなみに、二十年も前の話じゃないですぜ。

自分個人としては、本当に『ついこの間』という印象だ。

切っ掛けは、日本軍に対する認識の違い。ひたすらに自虐史観を
埋め込もうとする教師と、漠然とそれに対して違和感を抱いていた
僕達生徒。それに対して公然と行なわれた、教師による不当な体罰、
言ってしまえば教師ぐるみの『いじめ』。

最後のギリギリのところで同じ教師に救われたから、まだ
文字通りの救いがあるけれど……。

あれが無かったらどうなっていただろうね。

普通に怖いよwwww



つうか自分で書いていて何ですが……。

この事件って、色々と複雑な問題要素を多分に含んでいますね。

いずれ、また折に触れて書くこともあるかもしれません。

取り敢えず、トラウマスイッチが四速に入りっぱなしなので一度、
休みますがwwww








ちなみに、最後になるけれど余談。

国家、『君が代』に関してですが、そんな小学校では
校歌斉唱は厳しい程、徹底して鍛えられまくったのですが、
これがこと『君が代』となると、全く熱心では無かった。

校歌なんて『声が小さーーーーーーーーい』と何度でも
しつこく練習させたのに。



おかしいですよ、カテジナさん……。



(※お約束として、念のために言っておくwww
  光橋はかつての日本帝国を神聖視しているわけでは無いです)
posted by 光橋祐希 at 09:09| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うちの周辺はそこまでは偏ってなかったなぁ。
都会恐るべし。
Posted by Alpha-S.I.D. at 2006年07月06日 23:10
 これは凄いですね……。
っていうか、
かつての(近代の?)日本人って
大日本がそんなに嫌いだったんですね。
知らなかった。
「リベンバーパールハーバー!」
と言われたら、
「その喧嘩買った!
ヒロシマはあの方向だ!足を向けて寝れなくしてやる!」
くらいの受け答えをするような人々なのでは
なかろうかと、漠然と思っていましたが。いやはや。

 今となっては、ありえない
教師の暴力っぷりにも((((;゚Д゚)))ガクガクガクブルブルブルっす。

 それに、
『お前等のジジイ世代は戦争中に本当に酷いことをした』
だの
『生きているだけで恥ずかしいと思え』
だの
『百万回謝罪してもことたりない』
だのの台詞は、日本人の教師が口にしていたんですよね?

 なんというか、棚上げ具合が計り知れない!(笑)

 そういうことを教えたいんだったら、
せめて、自分が百万回謝ってから、
生きていることを恥ずかしく思いながら、
生徒に教えるべき、ですよね?

 しかし、謝らないから発言は、立派じゃないですか!小学五年だったら、大人に言われたら
謝っちゃいますよ、大抵。

 けど、立派だけれども、
「今考えると」立派、っていうのが切ないですね。
 当時では、謝らないのは、平均的には悪だった、と。

 善悪や正誤の判断は、時代によって変わってしまう、ということでしょうか。

 古来より、変わらないモノ――真理とかを
求める人達の気持ちが、ちょっと分かるような気が。

 なんともアレな書き込みになってしまいましたが(笑)
 そういえば、みつろぐには書き込み始めてです。
 これからも、どうぞヨロシク!
Posted by 恒 at 2006年07月06日 23:17
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/20350998

この記事へのトラックバック